The Mains
ニュージーランド・オークランドのとある一家の日常記録
プロフィール

メイン家のママ

Author:メイン家のママ
NZ留学後、カリフォルニアでクルージング会社に勤めてカリブ海を周遊しようという計画もKiwiの夫との結婚により大きく変更。
現在は2004年1月7日生まれの長女と2006年1月6日生まれの次女、2008年9月6日生まれの三女、小さな三姉妹の良きママになれるよう試行錯誤の日々を送っています。

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Welcome to the World of Preschoolers!!
長女がPreschoolに通い始めて二週間が経った。ここにきて、メイン家のパパとママが長女のPreschoolに関してもっとも懸念していたことの一つが早くも現実的な形で顕れ始めた。
・・・そう、「病気」。
今まで決まった場所で決まった人としか触れ合う機会がなかった長女がPreschoolに通い始めることによって、たくさんの子供たちと接することにより、今までお目にかかったことのないようなバイキン君やバクテリア君ともお友達になってしまうのだ。それはPreschoolerとなる子供たちには避けて通れない道であり、彼らと衣食を共にするその両親や兄弟・姉妹たちには大迷惑かつ大試練となる。
この常例にもれることなく、メイン家も早速“怒涛の一週間”
を過ごさせていただきました・・。

ある日、メイン家のパパの右手の甲に小さな小さなBoil(できもの)ができた。虫にでも刺されたんだろうとさほど気にも留めずに2日が経過した。ところが、そのBoilは治まるどころか日に日に広範囲に広がり始め、3日目にはパパの右手は真っ赤に腫れ上がってまった。毎日病院で実習を続けている医学生のパパはすぐにでも専門医に質問にいける状況にいるはずなのだが、忙しくて昼食をとる暇もないということで何もできずにいたようだ。ある日、ついに担当のDrに帰宅するように言われてしまうほど症状は悪化してしまった。
パパのBoilは4日目にはすでに化膿・破裂し、まるで火山が噴火した後のような、えらく気持ち悪い状態になっている。うわ〜!こんなの見たことないねえ!!と、びっくり、でもちょっと面白くて興味津々のパパとママ。
ところがその夜、なんとママの太ももにも同じ症状を発見!!他人事のように見ていたママは自分もこうなるのかなあ〜・・。と少々情けない気持ちになったりして・・。

とりあえずこの得体の知れないバクテリアの正体を突き止めるべくパパが調べてくれたところ、Staphylococcus(ステフィロココアス)というなんとも舌を噛みそうな名前のバクテリアの可能性が高いということ。このバクテリアはそう珍しいものではなく、人の鼻の中にいるバクテリアで、20〜30%の人は感染しなくとももともと鼻の中にこのバクテリアをもっているという。とりあえずこのバクテリアは直接触ると感染しやすいため入念なトリートメントが必要ということで、家族そろってGPへ出向き、薬を処方してもらうことにした。ついでにママとパパの鼻の中にこのバクテリアがいないかどうか調べてもらったところ、ママの鼻に微量ながらもこのバクテリアが見つかった。
でもそんなバクテリア、一体どこから!?・・・メイン家のPreschooler(長女)に違いない・・。
飲み薬やら塗り薬やら包帯など、あっという間にメイン家のリビングルームの一角に「お薬コーナー」ができてしまった。

油断するとどれがどれだかわらからなくなりそうな「お薬コレクション」・・・
指しゃぶりが始まった次女。この指にバイキンが付かないように気をつけましょうね〜!

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さて、このBoil騒動が解決するかしないかのうちに、今度は長女が嘔吐した!・・・はあ〜。とため息を付く暇もなく翌日にはパパが感染。幸い長女は夜一度戻しただけで熱もなく翌日にはすっかり元気になったのだが、パパはこれ以上家族に広がったら大変ということで、夜通し病院で徹底的に検査・治療を受けることにした。

NZの公立病院はすべての診察および治療に関する費用は無料なのだがそれだけに医師に診察してもらうために3時間・4時間待たされるのは当たり前。おまけに近年NZでは医者不足が深刻な問題となっているため、一年後にやっと手術を受けたとか、最悪なときには間に合わなくて亡くなったとか、そういう話もよく聞く・・。プライベートの病院なら高額な医療費は避けられないが、待つ必要はないのでとりあえず手遅れになるまで待たされることはないだろう。そういうわけで、医療費無料の国であるにもかかわらず、近年医療保険の需要は伸びていると言う。
さて、毎日この病院で実習している医学生のパパは自分より一年下の当直医学生を捕まえて、無事に専門医とコンタクトを取ることに成功した。それからレントゲンや点滴などフルコースで治療を受けて帰宅。午後6時過ぎに病院について、結局帰宅したのは夜中の1時過ぎだった。おかげで翌日にはすっかり具合も良くなり、ママと次女はこの第二のウィルス攻撃からも何とか逃れることができた。このウィルスは体内に潜んでいる時間が非常に短い一種のロタ菌だったようで、長女またしてもバイキンお持ち帰りの罪が発覚・・。

いやはや・・これで終わりかと思いきや今度は長女がものすごく咳き込み始めた。軽い熱を伴っているのでこれもまた新しいウィルスと診断。どうやらかなり咽るらしく、なかなか寝付けない。かわいそうな長女・・。
三度目の正直でまたまたメイン家一同GPツアーへ〜!!

「Welmome to the world of preschoolers!」

呑気なパパのこの言葉とは裏腹に、この怒涛の一週間はきっとこれから始まる恐ろしい病気との闘いの氷山の一角に過ぎないだろうと、かなり気合が入るママ。
この時期に目いっぱいウィルスを貰っておけば、一年後には長女も皆勤賞間違い無しのPreschoolerへと成長するのだろうが、やはりひっきりなしに病気になって苦しむ家族の姿を見るのはつらいもの。

現在メイン家では手洗い励行!タオルは家族間でも使いまわし禁止!シャワーで使うソープは、外科医が手術の前に手や腕を洗うときに使う“Surgecal Scrub”使用という徹底振りで健康家族目指して前進中であります・・。




Happy Birthday 曾おじいちゃん!
先週土曜日のオークランドはまぶしいくらいの秋晴れ。最高のピクニック日和ということもあり、いつものようにファミリーピクニック開催。今回はメイン家のパパのおじいちゃん、つまりメイン家の娘たちの曾おじいちゃんの誕生日ということで大ファミリーピクニックとなった。
昨年同様、近くのBotanic Gardenへ繰り出し、それぞれが適当に持ち寄った物でサンドイッチ・ランチだ。今年は次女も生まれて、一層にぎやかで和気あいあいのBirthday Lunchだ。


ピクニックデビューを飾った次女。Nanaに抱っこされて・・。
お気に入りのChildresn's Gardenにて。
おじさんやおばさんたちにもいっぱい遊んでもらってご機嫌の長女。

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さてこの曾おじいちゃん、今回の誕生日で78歳を迎えた。彼は数年前Stroke(脳血栓)になり、以来このGardenからすぐの病院施設で入院生活を送っている。メイン家のママが嫁いできたときにはすでに車椅子での生活を送っていた曾おじいちゃんだが、パパの言葉を借りれば「He was the sharpest person I have ever known.(彼は誰よりも頭の切れる人だった)」らしく、現役の頃は教育関係のビジネスを立ち上げ成功させたり、教会でワードの監督の責任をこなしたり、リタイヤ後には夫婦で宣教師として奉仕していた経歴も持っている。また、手先がとても器用で日曜大工はもちろん、御近所に頼まれて巨大なカヌーを手作りしてあげたこともあるとか。
残念ながら、体の小さな曾おばあさん一人では曾おじいさんの大きな体を持ち上げたり世話をしてあげることができないため今は別々に暮らしているが、二人は結婚58周年を迎え、ますますラブラブ度が増している様子。Strokeのため、曾おじいさんは体半分が麻痺して自由が効かなくなり言葉もなかなか出てこなくなってしまったのだが、時々周りがびっくりするようなしゃれた冗談を飛ばしたり、毎週教会に通って他の人たちから新しいことを学ぼうというとても前向きな姿勢を持ったすばらしい人だ。

いつまでもラブラブ結婚58年目のお二人・・。

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今日は天気もよく、とても気持ちが良かったのだろう。曾おじいさんはいつもより口数が多く、メイン家の長女との会話を楽しむという光景も見られた。

長女:「Hello〜!」
曾おじいちゃん:「Hi」
長女:「What's your name?」
曾おじいちゃん:「I'm Grandad.That's my name.」
(長女、得意の歌を歌い始める)
長女:「Come on! You sing!」
(曾おじいちゃん、がんばって歌い始める)
二人:「Baah〜Baah〜Black sheep have you any wool〜? Yes Sir, Yes Sir, three backs full〜・・・」


ねえ、うたって〜!    じょうずー!!
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こんな曾おじいちゃんの様子が見られるのは大変珍しいことだと、家族一同大いに盛り上がる・・。
これまでの人生を全うしてきた曾おじいちゃんの目に、このおしゃまで小さな長女の姿はどう映っているのだろう。きっとこの二人の純真な心と心がぴったり通い合ったのだろう。その後も二人は長女のリードで立て続けに動揺を歌い上げ、ピクニックに華を添えてくれた。

今は体も言葉も不自由になってしまった曾おじいちゃんだが、彼の目を見ていると、本当にいい人生を送ってきたんだなと思う。こうして愛する家族に囲まれて78回目の誕生日をひ孫とともに迎えることができる幸せは、社会でのいかなる成功にも匹敵しない。自分の人生が後半を迎えたとき、家族の愛を勝ち得ることができていなければその人の人生は本当にむなしいものになるだろう。自分たちも年老いたとき、曾おじいさんのように家族に囲まれた素敵な余生を送っていられるようにがんばりたい・・そんな気持ちにさせられたメイン家のパパとママでした。


Flashのススメ
メイン家の長女がまだママのお腹にいたときから「育児」の一環として定期的に続けていること、それはFlash Card(フラッシュカード)である。Flash cardときいて真っ先に思い出すのが、学生時代、なかなか覚えられなかった英単語や元素記号などを小さな単語カードの裏表に一つずつ書き出して電車通学の途中などにぺらぺらめくって暗記しようと努めていたあの学生の小道具のことだが、子供たち向けのフラッシュカードはもう少し単純なもの。ママが毎日子供たちに見せているのは「ドッツカード」として良く知られている、「点」がたくさん書かれたカードと、いろいろなものの絵や写真を貼ったカードなどだ。ドーマン博士が考えたというこのドッツカードとフラッシュカードが子供たちにどんな影響を及ぼすのかということについてはいろいろな説や経験談があるが、簡単にいうと、幼児期の子供たちの無限の可能性を秘めた脳にできるだけ早く物事をインプットしてあげておくことで、大きくなったときに今までインプットされて来たものを自分でアウトプットできるようになり、自己学習を始める年齢に達した際にとても効率よく学習ができる子になるといわれている。


ママの手作りドッツカードとフラッシュカード。
これは長女がお腹にいたときに胎教用として使っていたもの。
子供たちが生まれてからは絵本感覚で使っています。
カードをフラッシュさせる時に欠かせないのが、この指サック!重宝してます・・。
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メイン家のママは自分が算数嫌いに育ってしまったことに少々劣等感を抱いている・・。計算機OKのNZで育っていればそんなこともなかったのだろうが、例えばはじめて文章問題を学んだ小学校2年生の時「花子さんが2リットル入るバケツでお風呂に水を入れると10分かかりました・・・」などという問題が出てくると、まずはじめに「なんでバケツでお風呂に水を入れてるんだ?何でわざわざ時間を計るんだ?」と、余計な疑問が頭をよぎるのが子供の頃のメイン家のママだった。で、4年生ごろになると、分数の計算が出てくる。足し算引き算まではいいのだが、割り算になると片方の分数を上下ひっくり返してかけ直すという決まりが出てくる。ここでまた「なんでひっくり返すの??」という疑問にはまってしまうのだが、誰もそれを教えてはくれず、「これは方式だから考えなくていいの。覚えるのよ」といわれてしまう。今考えれば確かにそうなのだが、当時不思議がいっぱいの子供だったメイン家のママにとっては大きな問題だった。この形式的な教育のせい・・と言い訳してはいけないのだろうが、とにかくママは算数が好きではなかった。

自分の子供たちにはそういう謎や疑問を自分で追及して理解できる子に育って欲しい。NZでは、例えば確立の勉強をするときにサイコロを使ってゲームをしながら確立の計算について学ぶなどといった方法をとっているようだ。子供の社会、立場、目を通じて学ばせるというNZの学習法はママにとってかなり頼もしいのだが、学校任せにできるようになるまでにまず家庭でいろいろなことをインプットしてあげなければいけないと言うのがこのフラッシュカードたちの意味にあたるのだ。

教育論云々はともかく、長女がPrecshoolに通い始めたため、次女との時間を持つことができるようになったママは、長女同様、次女にもそろそろフラッシュカードを定期的に見せてあげなければということで、早速今週からまた次女とのフラッシュタイムを再開。


赤ちゃんにフラッシュカードしてあげると、グズッていてもこ〜んなに笑顔になります。でも本格的にグズッているときは避けましょう。

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フラッシュカードは子供が小さければ小さいほど効果があがるといわれている。長女は生後一ヶ月から始めているフラッシュのおかげか、ボキャブラリーも多く、理解力がとてもいい。
2才になる前に数字も30まで数えられるようになったし(気が向かないと言ってくれないんだけど・・)1・2回聞いただけで「あいうえお」や「ABC」もちゃんと覚えている。ママはフラッシュカード以外特に何もしていないので、これはきっとフラッシュカード効果かな・・と思っている。
長女にも次女にもママが苦手な算数もできるだけ楽しく覚えてもらえるようにこれからもっともっとフラッシュカードの内容をグレードアップさせていかなければいけない。
ドッツカードやフラッシュカードは月齢・年齢に関係なく、どんな子にもとても効果的。ただ、どんなことにしろ、きちんと毎日続けるということが大前提なので、そこが「母親次第」というわけだ。

フラッシュカードの他にも大脳を刺激するおもちゃ選びは大切。これは長女の好きな立体パズル。

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はさみを使って上手にきる練習をさせるドリルなどもいいですね。
チョキチョキしてればご機嫌の長女。
「おかあさ〜ん、見て見てー!」はさみドリル達成後、御満悦の長女。

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メイン家の長女も次女もまだまだフラッシュカードとドッツカードを100%活用し切れていない。
「天才児」を育てるためではなく「何に対しても自分で効果的に積極的に学べる子」になって欲しいという願いを込めて、今日もメイン家のリビングルームではFlashが続けられているのであります。


素敵な青年たち
週末の夕方、メイン家が夕食をとろうとしていたときの出来事だった。パパが突然あることを思い出してこう言った。
「言い忘れてたけど、実は今日Young Menが芝刈りと洗車に来るよ。」・・とパパが言い終えると同時にそのYoung Menがやって来た。

Young Menというのはメイン家が集う教会の12歳から18歳までの青年たちで構成されているグループである。彼らは毎週一回集まってスポーツやゲームなど何らかの活動を行っているのだが、今週はService(奉仕活動)をすることにしたらしく、日曜日にみんなが教会で具体的に何をしようかと考えていたところ、ちょうどメイン家のパパとすれ違った。パパは去年までYoung Men組織の面倒を見る会長の責任をもらっていてYoung Menたちとはかなり仲良くしていたということもあったのだろう。彼らは奉仕活動としてメイン家のために雑用をすることにしたという話だった。

メイン家のママは部屋の掃除や片付けは放っておけないたちだが、実は洗車や庭弄りはあまり好きではなく、どちらも今度今度・・・といつも後回しになっていたため、手放しで大喜び!

活動の一環とはいえ、teenagerたちにとって他人の車を洗ったり芝を刈ったりすることが楽しいことではないはずだ。そう思うと少々気の毒になり、庭先で働き始めたYoung menたちにねぎらいの言葉をかけようと外に出てみると、みんなそれはそれは楽しそうに笑顔で芝刈りや庭の草むしり、パパとママの車の洗車に精を出している。
「悪いわねえ・・。」と言うママに、「こんなのどうってことないよ。」「誰かのために役に立ちたくてみんなうずうずしてたとこだったからちょうどいいよ!」「ついでに窓拭きもしていこうか・・?」などという答えが次々と彼らの口から飛び出してきた。
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芝刈りに洗車・・笑顔でメイン家の雑用をこなす青年たち
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Car Polishの方法を指導するパパと少年たち

最近ではTVの影響もあり、NZでもいわゆるギャングに憧れたりドラッグに手を出しては犯罪を犯したりする若者が急増している。その多くはマオリやポリネシア系の若者であるという。その反面、彼らのようにこうして小さい頃から兄弟の面倒や家の手伝うようにきちんとしつけられ、両親に敬意を払い、家族を第一に考えることを習慣としているポリネシア系の若者もたくさんいるということはとても嬉しいことだ。

情緒が不安定になりがちな思春期の青年たちにはこういった奉仕活動の機会や良い行いを進んで実行できる環境と良い仲間が大切だ。彼らのような若者たちがいつか夫となり父となるということは、彼らの家族にはもちろん、地域社会にとっても大きな助けであり財産である。

さて、ただいまトイレトレーニング終盤を迎えつつあるメイン家の長女。まだ歩けないうちからYoung menの会長だったパパにくっついてよく彼らの活動に行っていた彼女、実はこのYoung menたちと大変仲がいい。そのためか彼らが外で庭仕事や洗車に精を出している様子が気になって仕方がない。
でもまだ夕食の途中、しかもいつでもすぐ走ってトイレに駆け込めるようにと下半身スッポンポン状態にされているため、そう簡単には外に出させてもらえない。
ところがママの目を盗んでしっかり靴だけは履いて表へ飛び出した。Young menたちにお尻をパチパチ叩かれながらも得意満面で彼らの助っ人気取りの長女を見て、はたして将来彼らのような素敵な青年に長女をお嫁に貰ってもらえるのだろうか・・となんとなく心配したりするメイン家のパパとママでありました。
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お尻丸出しでもしっかりみんなの監督役気取りの長女・・・

いざ、Preschoolへ!!
先週の金曜日、ついにメイン家の長女がPreschoolへ初登園した。半年ほど前から徐々に始めたPreschool捜しにもようやくピリオドが打たれ、パパとママの意見が満場一致したところで決定したPreschoolへと意気揚々と向かう長女。このPreschoolのスケジュールとしては朝7:30から午後5:30まで滞在できることになっているが、初心者の長女はとりあえず週に二日朝の9時ごろから3時ごろまで通うことにした。今後本人の様子を見ながらゆくゆくは週3日にスケジュール変更の予定である。

Preschool初日の朝。意気揚々と車に乗り込む長女

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長女が通うPreschoolはMorning Tea、Lunch、Afternoon Teaとそれぞれ支給されるのでお弁当やおやつを持っていく必要はない。メニューも子供の食事には敏感なメイン家のママとパパが心配する要素もなく、いたってヘルシーなものばかりなので安心だ。メイン家のママとパパが訪問した10件以上の中からこのPreschoolに決定した理由はいくつかあるが、一番の決め手は先生たちの指導力のすばらしさと素直で従順な子供たちの態度にあったと思う。

一ヶ月ほど前、特にドラマチックな設定も計画もなくある日突然取り上げられたDummy(おしゃぶり)の反動か、最近すっかり決まった時間にまとまったお昼寝ができなくなってしまった長女とは対照的に、このPreschoolの子供たちはしっかり園での一日の流れに沿ったけじめある生活を送っている。トイレトレーニングに関しても個別に記録されたチェックリストを見る限りではどの子も順調にオムツ卒業に向かっているようだ。長女がみんなと同じようにこの流れに従って行動できるようになるにはしばらく時間がかかるだろうとはじめから心積りはしていたものの、やはり初日はママも長女も少々緊張気味。先生のすすめもあって、ママはMornig Teaの時間になるまでしばらく一緒に残って長女の様子を伺うことにした。

今まで数回の訪問セッションを受けた甲斐あってか、他の子供たちもとても優しく長女を迎え入れてくれているようすだ。長女もなんとなくぎこちないながらも先生から言われたことや質問されたことに素直に応答しながら教室の雰囲気に少しなじんできた様子。程なくしてMornig Teaの時間がやってきた。ではそろそろ・・と、腰を上げたママの様子に気が付いたのか、長女は突然テーブルを離れ、「Mummy!」と叫びながらオレンジの切れ端を片手に急いでママの方に走ってきた。
「ちゃんといすに座りなさい。」というママの言葉に何とかテーブルに戻ったものの、すぐに再びママのもとに戻ってきてしまう。「テーブルに戻ってちゃんとMorning Teaを終わりましょうね。」と先生が助け舟を出してくれた。・・・が、長女、「Wait a minuite! I need Mummy,OK!?」と先生に口答え!
あくまでもママを一緒にテーブルに連れてくるつもりだ。仕方がないのでMorning Teaが終わるまで付き添い、他の子供たちとも会話を交えながら長女が疎外感を感じないようにしてあげることにした。

Morning Teaが終わるとひとり、また一人と席を立ち、各自食べ終わったお皿やコップの後片付けと手洗いを済ませた後、みんなきちんと自分で靴と帽子を被ってPlay Groundへ飛び出していった。長女もみんなの様子を見様見真似で何とか無事にPlay Groundへ。ここでもちらちらとママがいることを確認しながら時折「Mummyは?Mummyもあそぼう。」とママを連れ戻しに来る。
これではいつまで経っても埒が明かない・・と、ママは切り上げることにした。

Preschoolのルールとして、子供を送り届けるときには必ず子供の目を見て「午後に迎えに来るからね。バイバイ!」と別れの挨拶をしてあげることになっている。そうしなければ子供は自分が置き去りにされてしまったと感じ、いつまでも両親を捜して泣き続けるからだ。
初日の長女にこのルールはかなり酷な気もしたが、確かに納得のいくルールなので従うことにしたママ。「ランチを食べて、お昼寝して、みんなと一緒に遊んだらその後にちゃんと迎えに来るからね。後でね・・。」と、ママが言い終わるか終わらないかといううちに長女は大声で「No〜!マミーも一緒にあそぶー!!」と大粒の涙をこぼしながら叫び始めた。先生が即座に長女を抱き上げて「バイバイ、マミ〜!」と長女をなだめてくれている様子を背にしてママはそそくさとその場を後にした。

Morning Tea, Play Groundのようす。

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その日長女を迎えに行く時間まで、ママは初めて丸一日を次女と二人で過ごした。次女もいつもと違って静かでゆったりした雰囲気を察したのか、この上なくご機嫌である。今までなかなかしてあげられなかった次女向けの絵本の読み聞かせやフラッシュカードなどを一通りしてあげて、子守唄なども歌ってあげることができた。心の半分で長女のことを気にかけながらも「赤ちゃん」との時間を持つことができる時間に大感謝のママ。

初めてママを独り占めできてご機嫌の次女

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夕方、当初3時のお迎え予定にしていたはずが、家事や買い物を済ませていざ時計を見るともう4時・・。そうこうしているうちにパパも帰宅してきたので一緒に長女のお迎えに行くことにした。
Preschool初日の長女が一体どれくらい泣いて一日を過ごしたかを二人であれこれ予想しながらお迎え到着。午後3時を過ぎる頃からちらほらと他の子供たちの親御さんも迎えに来はじめるらしく、その様子が長女に孤独感を感じさせてしまったようで、ママとパパが到着した4時過ぎには長女は少々なきべそモードに入ってしまっていたものの、ふたを開けてみれば「初日にしては大満足です。とてもいい子でがんばりましよ。」と先生にとても褒められた長女。とは言うものの、ママを見つけた瞬間、今まで必死でこらえていた涙が滝のように溢れてしまった長女。「マミイ〜!!」とママにしがみつき、ひたすら泣き続ける。見ると長女は、片手にとてもリアルでかわいいとは言いがたいワニのゴム模型を右手に、砂場から持ってきたと思われるスコップを左手に握り締めたままだ。先生の話によると、ママがいなくなってからその日は一日中そのワニが長女の友達になっていたらしい。ママとパパが到着する少し前までも砂場で親友のワニのために砂のお城を作ってあげていたのだとか・・。まだ涙も乾かない長女はママとパパの手を引いて砂場まで連れて行き、ちょっと誇らしげにその砂のお城を見せてくれた。

ママを見つけて大泣きの長女。手にはしっかりと「親友のワニ」が・・。

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長女にとってママがいなかった日なんてこの2年間一度もなかった。それがいきなり7時間も一人で知らない場所でがんばって過ごすことができた。これは長女にとってもママにとってもとっても大きな変化だった。帰宅途中の車の中で、いつもより更におしゃべりな長女の話にパパもママも一生懸命耳を傾けてあげた。家について、自分でリュックに忍ばせたはずの(もちろんパパにこっそり取り出され、先生に返された)「親友のワニ」が見あたらないことで再び号泣してしまったものの、この日の長女はママとパパの目に昨日より少し大人になったように見えたのでありました。


フィリピンな夕べ
クリスチャンのメイン家が集っている教会のワード(地区)は地域がらポリネシア人の会員が多く、Pakeha(白人Kiwi)の会員でもパパも含めて3割くらいの割合である。ママが独身時代をすごした北オークランドから南オークランドに引越ししてきた途端、アジア人の会員はメイン家のママたった一人・・という状況がかなり長い間続いていた。
南オークランドのワードに移ってきてからも、確かにポリネシア人の食べっぷりと歌と踊り好きには驚いたが(笑)それを除けばたとえ国や文化が違っていても世界中どこに行っても全く同じ価値観をもち、同じ教義を学んでいる会員同士ということにはなんら変わりなく、そのおかげで人種の壁を感じたことは一度もないママなのだが、ふと考えてみると自分以外にはアジア人がママ一人ということに少々寂しさを感じたりもする。

さてそんな中、嬉しいことに何ヶ月か前フィリピン人の家族が二家族メイン家のワードに転入して来た。両家族ともとてもフレンドリーでいつも笑顔で声をかけてくれる。今までも何度か一緒に家族の夕べをすごしたり、教会での責任を一緒に果たしたりしてとても仲良くしてもらっている。
フィリピンという国についての知識そのものはそれほど持っていないパパとママだが、ママは日本にいたときに、パパはオーストラリアにいたときにそれぞれフィリピン人の教会員と交流を持ったことがあったため、少なくともおいしいフィリピンの家庭料理についての記憶は舌がしっかり覚えている。

先日この転入してきたフィリピン人家族から夕食に招待していただいたメイン家は「何も持ってこなくてもいいわよ」という言葉を忠実に守るべく手ぶらで招待に甘んじてきた。

招待してくださったRamirez(レミレズ)家族は5人の子供を持つ7人家族。みんなとても仲良しで、いつもニコニコしている明るい一家だ。家に入るとほわ〜っとえもいわれぬいい香りが・・・。「う〜ん、アロマ〜!」そんな感じでもう一つのフィリピン人家族Baet(バエット)家族を待ちながら、Ramirez家のパパさんと会話を楽しみつつママさんの料理が出来上がるのをわくわくしながら待つメイン家のパパとママ。
長女は5人のお姉ちゃんお兄ちゃんたちに遊んでもらえて御満悦。夕食の準備ができたというのに食事はそっちのけで夢中で遊んでいる。次女は相変わらず我関せずで子供たちの歓喜の中、ぐっすり就寝中だ。

Ramirez家のパパとママ

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さて、Baet家族も揃いおいしいフィリピン料理を囲んで楽しい夕食の始まり始まり・・。今日のメインディッシュは牛肉〜!「マチャド」と呼ばれるこの料理、とにかく柔らかくじっくり煮込まれたフィリピン風ビーフシチューという感じだ。スープはチキンミンチにセロリとにんじんのみじん切りを併せたものをワンタンで包んだワンタンスープ。これもブラックペッパーがピリリッと効いてなんともおいしい。サイドディッシュのトマトとほうれん草のフィリピン風ソテーと特製フィリピン風春巻きも、合わせてすべてママのリクエストどおり白いご飯にぴったりのおいしいおかずたちだった。(リクエストしたのか、君は!と批難の声が聞こえてきそう・・)

う〜ん、おいしそう!! 特等席を勝ち取った長女

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フィリピンは1000以上もの小さな島々で形成されている国。多くのアジア諸国と同じようにさまざまな言語が話されている。彼らの標準語はタガログ語と呼ばれる言語で、語源は長年支配下にあったスペイン語にも似ているという。
もう一つの公用語として使用されているのは英語。15年ほど前から子供たちの学校では英語のみで教育を受けるスタイルが普及し、それに伴って一般には各家庭内では主にタガロク語、外では英語をというように使い分けられるというのが普通になってきているという。
彼らも日本人と同じく米語の影響を強く受けているため発音はかなり米語的である。NZはイギリスの影響を強く受けているので英語もクイーンズイングリッシュの傾向が強いが、フィリピンからやってきたこのRamirez,Baet両家族もはじめはKiwiたちの話す英語が分からなくて戸惑ったとか・・。

Baet家のパパとママ。おいしい料理を前に会話も弾みます。Baet家のママのおなか(現在3人目妊娠中)の上でくつろぐココちゃん。Baet家のママはモンテッソリー幼稚園で先生。大変な子供好きです。

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おいしい食事の後はココナッツミルクとフルーツがふんだんに使われたおいしいフィリピンのスイーツトと、やっぱりNZのアイスクリーム。
おいしい食事と楽しい会話でもてなして頂いてご機嫌で帰路に着こうとしたメイン家のパパとママだったが、ここでふと長女の姿が見えないことに気が付く・・・。
ふと庭を見ると子猫を追いかけて走り回っている長女。だが、唯一怖くない猫を見つけてはしゃいでいた長女の顔が突然一気に蒼ざめた。その瞬間「Daddy!Daddy!Daddy〜!!!」と大声で叫びながら、それはそれは今まで見たこともないほどの勢いで家の中に飛び込んできてパパに助けを求める長女。何事かと思いきや、隣の家の飼い犬が猫を追いかける長女に気付き、一声バウ!とほえたようだ。またしても最後の最後にChickenな醜態をさらけ出してしまった長女。パパが抱き上げてあげたとき、心臓が飛び出てくるんじゃないかと思うくらい鼓動が激しかったそうな・・。
みんなに慰められつつ、気を取り直して別れの挨拶をする長女。「Bye-bye Everyboby〜!Happy Birthday〜!!」
・・・誰の誕生日やねん!?お後がよろしいようで。



アレルギーについて
(久々のUP〜!しばらくなぜかPCに向かう気分じゃなかっだ・・どうもお待たせいたしました!)

子供が小さなうちはよくアレルギーに悩まされるものだ。
2才になった長女は今でこそつるつるのベビースキンだが、生後3ヶ月から1歳半過ぎになるまでは乳幼児特有の湿疹に悩まされていた。日本では一般に「アトピー性皮膚炎」とひとくくりに呼ばれているかもしれないが、NZ(英語)ではEczmaと呼ばれている。アトピーという言葉には、皮膚炎に限らず喘息や鼻炎、花粉症も含まれており、きわめて遺伝的な要素を持つアレルギー症状として診断される場合が多い。

メイン家のママは、長女にアトピー性皮膚炎の症状が出ていると聞いた時、真っ赤になってかゆみを伴い、つらい思いをさせてしまうのではないかととても心配になった記憶がある。
遺伝的なものといわれ、考えてみるとパパ側にもママ側にも喘息や鼻炎など何らかのアレルギーを持っている者もいるし仕方のないことなのかもしれないが、このまま症状が悪化して痒がったり引っかいて肌に傷をつけてしまったりしたらどうしよう・・などと随分いろいろ考えたものだ。
クリニックで診てもらっても薬局で尋ねても返ってくる答えは同じ。「あー、Eczmaですね。気をつけていればじきに治りますよ。とりあえず保湿と暑さに気をつけてあげてください。」・・的な応答ばかり。
ママはそんなので大丈夫なのかと半信半疑であったものの、パパはというと大して心配していない様子で「とにかく肌の乾燥は良くないから、一日に何度もモイスチャークリームを塗ってあげることが大切だよ。」ということだけに言及し、心配するママを見て「何でそんなに心配なの??」という感じだった。特に痒がる様子もなかったし、湿疹部分もごく一部の小さなものだったためママも次第に楽観的になっていったのだった。

乳幼児のEczemaの場合ファミリードクターに処方してもらう保湿剤は必ずといっていいほどAqueous Creamと呼ばれる、NZではとてもポピュラーな保湿クリームだ。長女のときは一日に何度も彼女を素っ裸にして、ただひたすらこのクリームを塗ってあげることに徹していた。お風呂に入るときも石鹸や他のものは一切使わず、このクリームを石鹸代わりにして体を洗い、お風呂から上がったら再びクリームだらけにされる長女・・。はじめは面倒だったが、そのうち習慣になり、気が付いたら2才になるまでにキレイに治ってしまっていた。パパが言うとおり、小さい頃に出るこういったEczmaの症状はたいていの場合、遅くとも5歳になる頃には落ち着いて治ってしまうらしい。


長女が7ヶ月の頃起きた事件。バケツのように大きな容器に入ったAqeous Creamは
時に大変危険なおもちゃと化すので、絶対にベッドの上に放置しないようにしましょう・・・。

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さて、ちょうど生後2ヶ月を迎えた次女のココちゃん・・。彼女にもどうやら同じくEczemaの症状が出ている様子。しかも長女のときより症状が現われた時期が早い。パパいわく、“二人目以降になればなるほど同じ症状の場合は治りも早いはず”とのことだが、見た目は長女のときと少しパターンが違うように思われる。幸いなことに今回もかゆみは伴っていないようで、長女のときはどちらかというと赤らんでただれた感じだったが、次女の場合はとにかく乾燥している感じだ。
彼女にはこのAqueous Creamと併せてApricot Oilも使用している。この種のオイルはサラダドレッシングにしてもおいしいかも!というくらいナチュラルなもので、他にGrape Seed Oilや究極には料理に使うPure Olive Oilなどでも全く問題なしとのことだ。・・にしても、さすがにオリーブオイルは抵抗があったので、ママが妊娠線予防に使用していたGrape Seed OilかApricot Oilで行こうということになった。で、結果、少々お安かったApricot Oilを購入。最近はココちゃんも「Apricot Girl〜!!」などと呼ばれつつ、ひたすら保湿の洗礼を受けている今日この頃である。

NZはとても空気が済んでいて、日本の大気などに比べると随分アレルギー治療には良い環境なのではないかと思われているかもしれないが、実はNZは世界でも5本、いやもしかしたら3本の指に入るほどアトピー性アレルギー(喘息、鼻炎、皮膚炎など)に悩まされている人が多い国の一つなのだ。その原因は長年のリサーチにもかかわらず、未だ判明されていないとか。
最近パパが接したアレルギーの専門医によると、かなり重症の患者には「どこでもいいから海外に出てごらん。」と勧めた結果、その患者は実際に他国へ移り住み、以来全くアレルギー症状に悩まされなくなったという。例えば素人的考えで、空気汚染→喘息→空気のきれいな場所へ移住・・となりそうだが、その行き先は仮にもNZであってはいけないようだ。もちろんアレルギーの種類や個人差も関係するので一口にはいえないが・・。
そんなアレルギーの敵国のようなNZにKiwiとして生まれてしまった我が娘たち。これからしばらくはいろいろなウィルスやアレルギーの攻撃を受けながらも、時間をかけてこの国の環境に適応できる体質へと体が一生懸命成長していくのだろう。

そう考えると、日本から突如やってきたメイン家のママにはNZのウィルスに打ち勝てる免疫力が備わっていないかもしれないと少々不安になりながらも、年々自分がお気楽Kiwiたちと同化していくことに抵抗すら感じなくなってきているというのも確かなのだった・・。